時代に合わない選挙法を
変えていくために
約100年前に作られた規制が、今も私たちの政治参加を制限しています。 海外の事例と比較しながら、公職選挙法の課題と改正の方向性を考えます。
「ガラパゴス選挙制度」からの脱却
駒澤大学の富崎隆教授は「公選法の選挙運動・資金規程は、小手先の改正ではなく、関連規定を一旦『廃止』し、現代の自由民主主義国家に相応しい規程を『ゼロ・ベース』で自由化・再構築すべきだ」と提言しています。 元自治省選挙部長の片木淳弁護士も、日本の選挙制度を「ガラパゴス選挙制度」と表現し、拜本的な改革の必要性を訴えています。
公職選挙法の5つの課題
現行の公職選挙法には、時代に合わなくなった規制が数多く存在します。 主要な課題を海外との比較を交えて整理します。
戸別訪問の全面禁止
公職選挙法 第138条問題点
候補者や運動員が有権者の自宅を訪問して投票を依頼することは、全面的に禁止されています。道路で偶然会った有権者に投票を呼びかけるのは合法ですが、一歩家の敷地に入ると違法になるという不自然な線引きが存在します。
背景
この規制は1925年の衆議院議員選挙法改正(男子普通選挙の導入)と同時に導入されました。当時は「買収の温床になる」という理由でしたが、約100年が経過した現在、その合理性には大きな疑問が呈されています。
海外との比較
アメリカでは「ドアノッキング」として選挙運動の基本手段であり、イギリス・ドイツ・フランスなど主要民主主義国でも戸別訪問は合法です。日本のような全面禁止は、民主主義先進国では極めて異例です。
市民への影響
有権者と候補者が直接対話する機会が制限され、政策議論よりも街頭演説やポスターといった一方通行の情報発信に偏る原因となっています。
インターネット選挙運動の制限
公職選挙法 第142条の3〜第142条の7問題点
2013年にインターネット選挙運動が解禁されましたが、投票日当日のSNS投稿による選挙運動は禁止されています。また、有料のインターネット広告は政党のみに許可され、候補者個人は利用できません。
背景
解禁から10年以上が経過し、SNSの利用形態は大きく変化しています。ショート動画やライブ配信など、2013年には想定されていなかった手法が主流となる中、法律が現実に追いついていません。
海外との比較
アメリカでは候補者個人もSNS広告を自由に利用でき、投票日当日の発信にも制限はありません。韓国でも2012年にSNSでの選挙運動が大幅に解禁されました(ただし投票日当日の運動は禁止など一部制限あり)。
市民への影響
SNSでの選挙運動のルールが複雑なため、一般市民が善意で行った投稿が違法となるケースが発生しています。特に若者がSNSで政治的発信をする際のリスクが高まっています。
ポスター掲示板制度
公職選挙法 第144条の2問題点
選挙ポスターは公設の掲示板にのみ掲示が認められ、それ以外の場所への掲示は禁止されています。2024年の東京都知事選では、掲示板スペースの売買や同一ポスターの大量掲示が問題となりました。
背景
元自治省選挙部長の片木淳弁護士は「公設の掲示場以外で張ることを禁止する規制をしているのは民主主義の先進国では日本だけで『ガラパゴス選挙制度』」と指摘しています。2025年の法改正で掲示板の広告利用は禁止されましたが、根本的な制度見直しには至っていません。
海外との比較
多くの国では、選挙ポスターの掲示場所に関する厳格な規制はなく、候補者が自由にポスターを掲示できます。公設掲示板制度は日本独自のものです。
市民への影響
限られた掲示板スペースでは候補者の情報が十分に伝わらず、特に多数の候補者が立候補する選挙では、有権者が候補者を比較検討することが困難です。
出典・参考資料
選挙運動期間の制限
公職選挙法 第129条問題点
選挙運動は告示日(公示日)から投票日の前日までの期間に限定されています。それ以前の活動は「事前運動」として禁止されており、違反すると1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます。
背景
短い選挙運動期間は、知名度の低い新人候補に不利に働きます。現職や組織力のある候補者が有利になる構造的な問題があります。
海外との比較
アメリカ、イギリス、ドイツなど多くの国では、選挙運動期間に法的な制限はありません。候補者は自由なタイミングで選挙運動を開始できます。
市民への影響
「政治活動」と「選挙運動」の境界が曖昧なため、候補予定者が何をしてよいか分からず萎縮効果が生じています。また、有権者が候補者の政策を十分に理解する時間が不足しています。
出典・参考資料
供託金の高さ
公職選挙法 第92条問題点
立候補するには高額の供託金が必要です。衆議院小選挙区で300万円、比例代表で600万円、参議院選挙区で300万円、都道府県知事選で300万円となっています。一定の得票数に達しない場合は没収されます。
背景
供託金制度は売名目的の立候補を防ぐために設けられていますが、日本の金額は世界的に見て極めて高額です。経済的な理由で立候補を断念する人が少なくありません。
海外との比較
イギリスは約7万円(500ポンド)、フランスは無料、アメリカは供託金制度自体がありません。日本の供託金は世界最高水準であり、立候補の機会均等の観点から問題視されています。
市民への影響
若者や経済的に余裕のない市民が政治に参画する障壁となっています。多様な背景を持つ候補者が立候補しにくい構造は、議会の多様性を損なう要因です。
出典・参考資料
エストニアに学ぶインターネット投票
エストニアは2005年に世界で初めて全国規模のインターネット投票を導入し、 着実にその利用率と信頼性を高めてきました。
2005年
ネット投票導入年
51.1%
投票者に占めるネット投票率(2023年)
わずか1票
無効票数(2023年議会選挙)
0.4%
紙への切替率
7.8%
海外からの投票割合
エストニアの成功要因
国民IDカードによる電子認証
全国民に義務付けられたIDカードが、オンラインでの本人確認基盤として機能
再投票システム
期間中何度でも投票可能で最後の投票のみ有効。強要・買収対策として機能
段階的な導入
2005年の利用率1.9%から2023年の51.1%まで、18年かけて段階的に普及
透明性と監査
KPMGによるプロセス監査、リアルタイム監視、数学的検証可能性を確保
私たちの提言
「みんなの選挙法」は、以下の4つの方向性で選挙法の改革を提言します。
市民を守るための法改正
一般市民や若者が「知らなかった」で罪に問われることがないよう、分かりやすいルールへの整備が必要です。特にSNSでの選挙運動に関する規定は、現代のコミュニケーション手段に合わせた見直しが急務です。
段階的なデジタル化の推進
エストニアの事例を参考に、まずは在外投票や障害者投票からインターネット投票を試行し、段階的に拡大していくアプローチが現実的です。マイナンバーカードを活用した電子認証基盤の整備も並行して進めるべきです。
「べからず」から「対話」の選挙へ
戸別訪問の解禁や選挙運動期間の見直しにより、候補者と有権者が直接対話できる機会を増やすべきです。一方通行の情報発信ではなく、双方向のコミュニケーションが民主主義の質を高めます。
政治家自身による法改正の推進
選挙法は政治家にとっての「業法」です。レストランに食品衛生法があるように、政治家には選挙法があります。時代に合わない法律を放置するのではなく、自らの業法を時代に合わせて改正する責任が政治家にはあります。